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神戸地方裁判所 昭和58年(ワ)683号 判決

本訴原告(反訴被告)

株式会社宇都宮組

右代表者

宇都宮惣太郎

右訴訟代理人

長桶吉彦

本訴被告(反訴原告)

村井禄楼

主文

一  本訴被告(反訴原告)は本訴原告(反訴被告)に対し一二二万七〇七八円及びこれにつき昭和五八年三月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴、反訴とも本訴被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被告が弁護士であること、原告と訴外東亜海運産業株式会社との別件訴訟につき原告は被告に訴訟代理人として委任をしたこと、これにつき、当庁において昭和五六年九月二八日判決がなされたが、その内容は、一六八五万五一〇七円の損害賠償請求に対し、一一六万一〇〇〇円とこれにつき昭和五三年四月一一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員支払の限度で認容し、その余の請求を棄却する旨の判決であつたこと、右判決は原告の控訴もなく確定し、被告は原告の代理人として同年一〇月三〇日東亜海運産業株式会社より一四〇万八七二〇円を受領したことは、当事者間に争いがない。

二ところで、被告は、原告との別件訴訟に関する訴訟代理委任契約において、委任者である原告が受任者である被告の書面による同意なくして控訴しなかつたときは、原告が被告に無断で請求放棄したのと同様であり、その場合、被告は全部勝訴とみなして謝金の請求ができる旨の特約が存していると主張するので、検討する。

1 そもそも、訴訟代理権の範囲は、原則として、特定の事件につき、訴訟追行に必要な訴訟手続ないしこれに付随する手続に限られ、反訴の提起、訴の取下、和解、請求の放棄もしくは認諾、訴訟脱退、復代理人の選任のほか、控訴、上告又はその取下については、委任者の特別授権を要するものとされている(民訴法八一条)。つまり、審級代理の原則が採られているのであつて、〈証拠〉によると、被告が属するという日本海事弁護士会は私的なものであり、日本弁護士連合会の報酬等基準規程の解釈上も、弁護士報酬を「事件」一件ごとに定めるものとし、裁判上の事件は、審級ごとに一件とされ、したがつて、上訴審を通じて委任したときでも、一審で敗訴した依頼者が控訴しなかつたときは、控訴事件は存在せず、また、一審事件は終了しているから、規程五条(解任の場合の報酬)の対象となる「事件」は存在せず、控訴をしないことをもつて同条に定める解任とすることも、依頼事件の終結又は依頼事件の処理不能にしたときには当らないものとの回答が寄せられているが、右見解は当裁判所としても首肯しうるところである。

2  これを本件についてみるに、〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

原告は、昭和五三年四月二〇日、被告との間に別件訴訟の訴訟代理委任契約を締結した。これは、原告代表者が以前原告会社の事件を被告に依頼したことがあり、被告が海事に通じた弁護士であるとの認識を有していたことによるが、当時、原告会社は解散の準備に入り業務活動も中止状態にあつたから、別件訴訟もできるだけ早期解決を望んでいたところ、被告からおよそ一年もすれば判決が得られるとの回答に接し、被告と右委任契約の締結に踏み切つた。

原被告間の前記訴訟代理委任契約書である依頼書(甲第一号証)の表には、単に「事件の解決に至る迄」と表示され、その委任状(甲第五号証)には、裁判所として、神戸地方裁判所と記載されている。

もつとも、甲第一号証の裏面に不動文字で記載された日本海事弁護士会報酬等規約の第一条には、「事件の解決に至る迄(研究、証拠保全、仮差押仮処分、海難審判終審迄の補佐及び裁決不服訴訟、仲裁判断手続、示談交渉、本訴終審迄の訴訟其他一切の解決手続を含む)の着手金は左の割合に依る。但し、金二〇万円を下らない。」となつており、委任状には、授権の範囲として、「控訴、上告」と不動文字による記載が存し、これは後日重畳的に選任された清木尚芳、榊原正峰、山田俊介各弁護士の委任状(甲第五号証の二)にも同様である。

そして、原告は、被告との訴訟代理委任契約により着手金として一二〇万円を支払い、謝金として相手方より取得した金員の一〇〇分の一〇を約定し、他方、清木弁護士らに着手金六〇万円、謝金として相手方より取得する金員の一〇〇分の五を約している。

前記認定の事実に照らすと、被告主張のように別件第一審判決に対し被告の書面による同意をうることなく控訴しなかつたときは、被告は無断請求放棄とみて全部勝訴のときの謝金を請求することができる旨の特約の存在を認めることはできない。

のみならず、これを理論的に観察しても、控訴しないことに被告の同意を得なかつたことが、当該審級の途次、訴訟代理人たる弁護士に無断で、解任ないしは請求の放棄、認諾、和解などによる依頼事件の終結を招来する行為をしたことと同視するのは、不合理である。けだし、訴訟代理は、本来、審級代理を原則としており、依頼者は、本人として、一審判決につき控訴するか否かを自主的に決定することが許される立場にあるのであるから、たとえ当初から終審に至るまでの訴訟行為を授権していたとしても、その理にかわりはなく、その審級の訴訟係属中、訴訟代理人を勝手に解任するなどの方法によりその報酬請求を不当に排除しようとする場合と同一に論ずることはできない。

4  さらに、〈証拠〉によると、原告会社代表者宇都宮惣太郎は、別件訴訟の第一審判決が昭和五六年九月二八日言渡された直後、その意外な結果に少なからず衝撃を受け、法廷の廊下で被告や榊原弁護士と控訴すべきかどうかについて相談したが、被告及び榊原弁護士とも控訴につき消極的意見を述べた。そこで、同年一〇月八日原告代表者はさらに従業員今津を清木弁護士のもとに派遣し、別件判決に対する控訴の当否につき確定的意見を求めたところ、甲第四号証の一に記載のような要旨であつたため、念のため原告代表者本人から右弁護士へ電話をかけて確認した結果、同弁護士は不控訴を了承した。

なお、清木弁護士は、被告の娘婿に当り、被告の紹介により被告に協力するため追つて選任されたものである。

三以上の次第で、被告の前記主張は失当であるから、被告は原告の訴訟代理人として訴外東亜海運産業株式会社から別件判決の履行として受領した一四〇万八七二〇円より前記約定の謝金、すなわち、右受領額の一〇〇分の一〇に相当する一四万八七二円と立替費用四万七七〇円を控除した一二二万七〇七八円を原告へ引渡す義務がある。

よつて、右金一二二万七〇七八円とこれにつき訴状送達の翌日(昭和五八年三月九日)以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求を認容し、被告の反訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のととり判決する。

(牧山市治)

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